河野(かわの)先生のプロフィール

横浜国立大学教育人間科学部准教授
主な著書: (編著) 『日本語教育の過去・現在・未来 第2巻 教師』
『日本語教育の過去・現在・未来 第4巻 音声』
(単著) 『TEACH JAPANESE(第2版)』
(共著) 『1日10分の発音練習』
『日本語教師のための 「授業力」を磨く30のテーマ』
『日本語教師のための音声教育を考える本』
『日本語教育能力検定試験に合格するための音声23』
『日本語教育・分野別マスターシリーズ よくわかる音声』
趣味: ラグビー、ドラゴンズ

第5回 「挨拶」を考えてみましょう

第4回では、「初めの授業で何を教えるか」を考えることを例に取り上げ、コース全体をデザインする中で「何を教えるか」を考えることが重要であることを見ました。
今回は、より具体的に、「挨拶」の何をどのように教えるかを考えてみましょう。

どんな「挨拶」を教えるか

「挨拶」と「自己紹介」のうち、まず、「挨拶」の中の何を教えるかを具体的に考えてみましょう。

初級教科書としてよく使われる『みんなの日本語 初級I本冊』(スリーエーネットワーク)には、「毎日のあいさつと会話表現」として、以下の8つが載っています。

  • おはよう ございます。
  • こんにちは。
  • こんばんは。
  • お休みなさい。
  • さようなら。
  • ありがとう ございます。
  • すみません。
  • お願いします。

これが正解というわけではありませんが、ここでは、この8つについて検討します。
この中で気になるのが、「お休みなさい」と「さようなら」です。

「お休みなさい」

「お休みなさい」は、夜、寝るときに行う挨拶ですが、今回の学習者が日本人と住んでいなければ、ほぼニーズがないといえます。ですから、優先順位は低いと考えていいでしょう。

これは、「ごちそうさまでした」などでもいえます。日本人と住んでいなければ、わざわざ日本語で言う必要はなく、家庭で使っている言語や、一人暮らしなら、母語で言えばいいはずです。もちろん、何も言わずに食べ終わるということもあるでしょう。

「さようなら」

「さようなら」は人と別れるときの挨拶で、どの初級教科書にも載っています。しかし、「さようなら」は実生活でどの程度使用されているでしょうか。

例えば、同僚や同じ大学院の仲間や先輩、近所の人と別れるとき、本当に「さようなら」と言っているでしょうか。「失礼します」「お先に」「じゃあね」「どうも」をよく使うのではないでしょうか。私には、「さようなら」は小学生が学校の廊下で先生にすれ違うときに使うようなイメージがあります。小学生でも、子ども同士なら「さようなら」は使わないのではないでしょうか。

また、上で、「お休みなさい」は今回の学習者が日本人と住んでいなければ、ほぼニーズがないと言いましたが、夜、人と別れるときや電話を切るときは、「さようなら」ではなく、「お休みなさい」を使うので、そちらの方がニーズがありそうです。
実は、「ごちそうさまでした」も食事の後の挨拶よりは、おごってもらったときのお礼の挨拶としてのニーズもあるでしょう。

「失礼します」「お先に」「じゃあね」「どうも」「お休みなさい」などではなく、「さようなら」1つだけを教え、勉強するのは確かに学習者の負担は少なくなるかもしれませんが、それによって、将来も含め、学習者がどういう評価を受けるのかは考えておきたいものです。

「挨拶」の使い方をどう理解させるか

次に、この8つの使い方を理解させる方法を考えてみましょう。それには、

  • (1) 英語訳などの対訳を示す
  • (2) 絵カードを用いる
  • (3) ビデオで見せる
  • (4) 英語などの媒介語で使い方を説明する

などがあるでしょう。

  • 「(1) 英語訳などを示す」
    まず、「(1) 英語訳などを示す」について考えてみましょう。『みんなの日本語初級I翻訳・文法解説 英語版』(スリーエーネットワーク) には、以下の英語訳が付いています。
    • Good morning.
    • Good afternoon.
    • Good evening.
    • Good night.
    • Good-bye.
    • Thank you very much.
    • Excuse me. / I’m sorry.
    • Please.

    このうち、8の「お願いします−Please.」は、英語訳を示すだけでは理解が難しいだろうと思います。“Please.”を英和辞典で調べると、いろいろな意味が出てきます。確かに、「お願いします」も出てきますが、「どうぞ」なども出てきます。“Please.”だけではなく、文脈や状況がないと「お願いします」の意味は理解できないようです。

    対訳を示す方法は、辞書で調べさせるのも含め、最もよく使われる方法です。しかし、それだけではだめなこともあることも知っておきましょう。
  • 「(2)絵カードを用いる」
    次に、「(2)絵カードを用いる」方法です。『みんなの日本語初級I 携帯用絵教材 』(スリーエーネットワーク)を見てみましょう。

    1、2、3の「おはようございます/こんにちは/こんばんは」は1枚の絵で表されています。2人が挨拶している絵の背景に、朝、昼、夜が描かれており、例えば、背景のうち、朝以外を隠すと、「おはようございます」となります。

    4の「お休みなさい」は寝るときの絵のみです。前に述べたような、より使用されることが多いと思われる「夜、人と別れるときの挨拶」や「夜、電話を切るときの挨拶」としては扱われていません。

    5の「さようなら」は、同じ絵で、「さようなら」のほかに、「じゃあ、また[あした]」も教えようとしています。

    7の「すみません」は「すみません(、水をください)」と「(足を踏んで)すみません」の両方が、2枚の違う絵で扱われています。

    8の「お願いします」は扱われていません。確かに、「お願いします」を絵だけで理解させられるようなものを描くのは無理でしょう。「(1)対訳を示す」と同様、やはり、何か違う方法で補足する必要がありそうです。

    このように、「(1)対訳を示す」と同様、やはり、絵カードを用いる方法にも限界があることを知っておきましょう。
  • 「(3)ビデオで見せる」
    「(2)絵カードを用いる」に近いですが、「(3)ビデオで見せる」方法もあります。ビデオだと、「(足を踏んで)すみません」など、時間の流れがあるものが分かりやすいことやビデオに合わせて発話練習ができるなどの長所があります。
  • 「(4)英語などで使い方を説明する」
    最後に、「(4)英語などで使い方を説明する」方法です。上で述べたように、「お願いします」は英語訳や絵カードで示すのは難しいでしょう。そこで、使い方を英語などで説明する方法が考えられます。

    例えば、日本語教科書『げんきI』(ジャパンタイムズ)、39ページ、第2課「表現ノート」には、「お願いします」(と「ください」)について以下のような英語の説明があります。

    (〜を)ください
    (. . . o) kudasai is “Please give me X.” You can use it to request (concrete) items in general.

    (〜を)おねがいします
    (. . . o) onegaishimasu too is a request for item X. When used to ask for a concrete object、 (. . . o) onegaishimasu sounds slightly more upscale than (. . . o) kudasai. It is heard often when ordering food at a restaurant (“I will have . . . ”). (. . . o) onegaishimasu can also be used to ask for “abstract objects、” such as repairs、 explanations、 and understanding.

    この説明は、「お願いします」と「ください」を対比して違いを解説するためのものです。ですから、今回の「挨拶を教える」場面では、この説明をそのまま用いることはできません。

    そこで、「お願いします」の使い方を英語で説明するのならば、事務所などで書類をお願いしている絵を見せながら、”onegaishimasu is used to make a request. For example、 ‘This one、 please、’‘Kore、 onegaishimasu.’”と説明すればとりあえずは十分でしょう。

    「お願いします」以外は、英語などで使い方を説明しなくても、英語訳や絵カードで理解してもらえるはずです。

ちょっと脱線

ここで、ちょっと脱線しますが、「おはよう(ございます)/こんにちは/こんばんは」について考えたいと思います。

「おはよう(ございます)/こんにちは/こんばんは」は何が違うでしょうか。恐らく、ほとんどの方が、時刻が違っていて、朝は「おはよう(ございます)」、昼は「こんにちは」、夜は「こんばんは」だと考えるでしょう。上で触れた絵カードでもそうなっています。

では、今、家族と一緒に住んでいるとします。朝起きて、家族と顔を合わせたら、何と挨拶しますか。「おはよう(ございます)」ですね。
では、前夜、夜更かしして、昼の12時ごろに家族と顔を合わせたら、何と挨拶しますか。「こんにちは」ではないですよね。
では、会社内で、朝、同僚に会ったら、「おはよう(ございます)」と言うと思いますが、昼や夜でも、「こんにちは」や「こんばんは」とは言わないでしょう。

このように、「おはよう(ございます)」と「こんにちは/こんばんは」は時刻の違いだけではないのです。

実は、私はこのことを高校生のときに、『話しことばと日本人』(創拓社出版)を読んで知り、目からうろこが落ちた気がしたのです。言葉に関する仕事をするきっかけとなった本です。

それはともかく、「最近、大学生などが朝でもないのに『おはよう』とかって言っている。これはアルバイトの影響だ」などとテレビで専門家が話しているのを見たことがありますが、元々、「こんにちは」などは、家族などの本当に親しい間柄にはなじまない挨拶なのです。

脱線してしまいましたが、最初の授業で、「『おはよう(ございます)』と『こんにちは/こんばんは』は時刻の違いだけではない」などと説明することは学習者を混乱させるだけになるので、そのような説明をする必要はなく、絵カードなどで「時刻が違う」ことが理解できれば十分です。

意味が理解できれば、実際に使えるように、何度も練習しなければならないのは言うまでもありません。練習については、また別の機会に述べたいと思います。

まとめ

「自分が英語を習ったときに、こういう「挨拶」を習ったから」とか、「自分自身、普段、こういう「挨拶」をよく使うから」というような理由で「挨拶」を選んでしまっているかもしれません。
ちょっと面倒ですが、そのようなことをちょっと疑ってみることで、「日本語を教える力」をつけるスタートとなるでしょう。

次回は、「自己紹介」を取り上げ、モデル会話について考えてみます。
お楽しみに。
つづく


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